かなしず回がアニガサキ2期にあったとしたら

 アニメ時空で唐突にいちゃつかせるのも難しいので、メインストーリーであるランジュ問題と絡んで「ランジュに一番近い子」「一番遠い子」として組むのはどうか。
 2期4話ラストからの分岐。

 

 

 夜の自室で机に向かい、鉛筆を顔に当てて物思いにふけるしずく。
 その内容はあゆせつの百合妄想……ではなく、ランジュのことだった。

『香港からの襲来者、その名は鐘嵐珠!
 同好会のやり方にノーを突き付け、高い壁となって立ち塞がる。
 彼女の圧倒的パフォーマンスを前に、果たして私たちは勝てるのか!?』

💧「……という話には、ならなかったんだよね」

 翌日、部室にて。

🍞「ランジュちゃんに分かってもらうため、今日もがんばろ~」
👑「そろそろ入部したくなってるかもしれませんね!」

💧(これが今の同好会の雰囲気。もちろん私だって、異論のあるはずもない)
💧(何でもかんでも、さらけ出せばいいってものじゃないよね)

 そうしてにこやかに一日の活動をこなし、帰ろうと校門に向かったところ。
 ゆらりと近づいた彼方が小声で話しかけてきた。

🐏「しずくちゃん、何かお悩みかな~?」
💧「うえ!? 何一つ表には出してなかったと思うんですけど。
 ちょっと自分の演技力に自信がなくなってきますね」
🐏「彼方ちゃんも自信があったわけじゃないけど、当たりだったか」
💧「まあ、悩みというほど大したことではないですよ。
 ほんの些細な違和感です。
 同好会の流れに水を差すのもなあと思って、黙ってました」
🐏「おやおや、寂しいこと言うもんじゃないよ。
 そんな同調圧力かけるような同好会じゃないでしょ」
💧「別にかけられてるとは思ってませんよ。
 ただ私だって、わざわざ波風を立てたいわけではないので……。
 でも確かに、マイペースな彼方さんになら話してもいいかもしれませんね」
🐏「彼方ちゃんは良くも悪くも影響されないからね~」

 普段の彼方のお昼寝ポイントに向かう二人。
 誰も来ない校舎の片隅で、ベンチに座って話し始める。

💧「今の同好会って、ランジュさんに融和的ですよね」
🐏「そうだねぇ。敵対したかった?」
💧「そんなわけないじゃないですか。
 ただ少々、ランジュさんの目的とは噛み合ってないのかなと思うんです。
 初めて出会った日、ランジュさんが言っていたことを覚えてます?」

👼『私は私の正しさを、スクールアイドルフェスティバルまでに証明してみせるわ。
 スクールアイドルフェスティバルで一番注目を集めるのは、この私よ』

💧「彼方さんは『望むところだよ~』っておっしゃってましたけど」
🐏「んーまあ。すごいライブが見られるなら、実際望むところではあるよ」
💧「しかしですよ……もしランジュさんが一番注目を集めたとしますよ。
 でも私たちは、自分が間違ってたなんて絶対思いませんよね。
 特に彼方さんは」
🐏「うーん、そう言われるとそうだね。
 感心はするだろうけど、彼方ちゃんは彼方ちゃん。
 みんな違ってみんな良いという、よくある結論にしかならないよ」
💧「だから噛み合ってないんです。
 同好会はライバルと言っても、それは自分の表現を高めるためであって。
 どっちが正しいかなんて決めるためのものではないので」
🐏「私たちがそういう集まりである以上……
 この件の決着は、ランジュちゃんが勝手に勝ち誇るか。
 勝手に負けを認めるかの、独り相撲にしかならないのかもね。
 香港からせっかく来てもらって、少し悪い気もするねえ。
 とはいえ接待するのも何か違うし」
💧「そうですね。普通にやりたい事をすればいいと思います。
 ただ――同好会の九人の中で、私だけは違うんです」
🐏「ほほう?」
💧「私だけは自分一人の力で、他人を蹴落としてでも勝利したい動機があります。
 この先で夢を叶えるためには」
🐏「ああ……女優。
 オーディションという生存競争が、決して避けられないということだね」
💧「はい。もちろん協調性も大事ですけど。
 その前に身一つで勝ち抜き選ばれないと、舞台に立つ資格すら与えられませんから」
🐏「厳しい世界だねえ。彼方ちゃんだったらストレスで即座に脱落だよ」
💧「ふふ、だからこそやりがいがあるんですよ。
 そういう未来が待っているので……
 一人で己を証明するために異国へ来たあの人に、共感を覚えるのかもしれません」
🐏「んー。だったらしずくちゃん一人で、ランジュちゃんと勝負してみたら?」
💧「い、いいんですかね? 同好会の流れに逆らってしまって」
🐏「別に誰も駄目とは言わないでしょ。
 ま、敢えてエマちゃんに話すことでもないから、黙っておくけど」
💧「私も今のかすみさんに水を差したくはないですね。
 正直なところ私の実力では、ランジュさんに対して勝ち目はありません。
 とはいえいずれ何度もオーディションで負けるのでしょうから、今のうちに慣れておきたくもあります。
 こんな理由で挑んでもいいものでしょうか?」
🐏「いいよ~。彼方ちゃんが許してあげる」
💧「あはは……それは心強いです」
🐏「実際のところはランジュちゃんに聞いてみないとね。
 向こうも乗ってくれるといいんだけど」
💧「そうですね。明日にでも話してみます。
 色々とありがとうございました。後は私一人でやりますね」
🐏「そう言わないでよ~。ここで離れたら、気になって何も手に付かないぜ。
 最後まで付き合わせておくれよ」
💧「え、でも。ソロアイドルとして対峙しないと……」
🐏「あっちにもミアちゃんがいるから丁度いいでしょ。
 それに彼方ちゃんは見てるだけ。特に役には立たないから大丈夫だよ」
💧「もう、何が大丈夫なのかよく分かりませんけど。
 でもそこまでおっしゃるるなら、どうか見届けていてください」

 翌日。廊下でミアと歩いていたランジュをつかまえ、事情を説明するしずく。

👼「へえ! あなたが一人で挑んでくるなんて、正直驚いたわ」
💧「せつ菜さんや果林さんと比べたら、実力としては物足りないでしょうけれど。
 しかし戦う理由だけは大いにあります」
👼「大女優ねえ。清楚な見た目に反して、ずいぶん大それた野望を持っているのね。
 彼方の方は違うの?」
🐏「違うよ~。彼方ちゃんは九人の中で一番平和主義者だから。
 他の七人も多かれ少なかれ、ランジュちゃんと仲良くしたいと思ってる。
 だからあなたの闘志と噛み合うのは、ここにいるしずくちゃんだけだよ」
👼「ふん……」
💧「い、いかがでしょう」
🐰「いいじゃないかランジュ。元々それが目的だったんだろう?」
👼「ミア、余計なこと言わないの」
💧「やっぱり。だから虹ヶ咲に来たんですね。
 同好会を、馴れ合いのない孤高のソロアイドルの集団と思ったから」
👼「とんだ勘違いだったけどね」
🐏「それどころかユニットやり出して、完全に当てを外させちゃったねえ」
👼「別にいいわ。他人に期待したランジュが間抜けだったの。
 しずく。念のため聞いておくけど、ランジュに同情して付き合ってやろうとか思ったわけじゃないわよね」
💧「そうではありませんよ。私の目的は徹頭徹尾、自分の夢のためです」
👼「懂ラ(了解)。次のゲリラライブで、どちらの拍手が大きいか白黒つけましょう」
💧「ありがとうございます!」
🐰「曲はどうするんだい? ベイビ……君のとこのマネージャーに頼むの?」
💧「侑先輩は巻き込めないですね。同好会とは完全に別行動でやってますので……」
🐏「ミアちゃん、一曲作ってよ~」
💧「ちょっ、彼方さん。厚かましすぎますよ!」
👼「あら、いいじゃない。それでこそ対等な勝負になるわ」
🐏「作曲してくれたら、手作りハンバーガーをご馳走しちゃうよ」
🐰「HAHAHA。日本の学生が作るハンバーガーなんてねえ」
💧「むっ、聞き捨てなりません。
 彼方さんはフードデザイン科のトップの成績で、将来は料理の道に進む人ですよ」
🐏「まだ漠然と考えてるだけだけどね」
🐰「へえ……そう言われると興味が湧いてきた。
 OK、ハンバーガー1個で手を打とうじゃないか」
💧「あ、すみません。結局甘えてしまいました……」
🐏「いいってことよ。彼方ちゃんも聞いてみたいからね」
🐰「曲の方向性が決まったらメールして」
💧「は、はいっ。本日中にお知らせします!」

 その日の放課後、こそこそと部室を出ていく二人。

🖤「しずくちゃん、今日は演劇部?」
💧「あはは、そんな感じです」
🎀「彼方さんはアルバイトですか?」
🐏「そんな感じ~」

🐏「何だか二人きりの秘密でドキドキするねえ」
💧「少し後ろめたさはありつつ、反逆者の立場もいいですね。
 と言っても観客の前でライブするんですから、結局はバレそうですけど」
🐏「その時は笑ってごまかせばいいよ。頼む曲は決まった?」
💧「それなんですが……私は今まで、演ずることをテーマにライブをしてきましたよね」
🐏「しずくちゃんの個性だからね」
💧「しかしオーディションに来る人を考えたら、まず演技力はあるのが当然。
 子供の頃から劇団にいたような人には、演技だけでは太刀打ちできない場合もあるでしょう。
 だからといって、はいそうですかと諦めるわけにはいきません」
🐏「ふむふむ。ランジュちゃんとの勝負は、いかにして格上に勝つかを試す場でもあるんだね。
 となると、演技力以外の武器が必要になるけど」
💧「……あの、彼方さん」
🐏「うん」
💧「私って可愛いですかね?」
🐏「ぶふっ」
💧「わ、笑わないでくださいっ! 現実的に考えたら最大の武器じゃないですか!」
🐏「ぷくくくくく。そうだねえ、その美少女ぶりを活かさない手はないねえ」
💧「ううう……やっぱり言うんじゃなかった。
 かすみさんみたいにはなれないのは、自分でも分かってますよ」
🐏「そんなことないよ。可愛いよ、しずくちゃん
 本当に本気で、誇って良い長所だと思うよ」
💧「ま、真顔で言われてしまうと、反応に困るんですが。
 でも……ありがとうございます。今回はこの方向で勝負してみます」
🐏「しずくちゃんの可愛いアイドル曲かあ。楽しみだねえ」
💧「遥さんを見慣れている彼方さんの想像を、上回れるかは分かりませんけど。
 演劇一筋ではなく、スクールアイドルに寄り道した意義を、自分でも確かめたいです。
 それじゃ、ミアさんに依頼しますね」

 ミアは一日で曲を完成させたので、彼方は調理室で作りたてのハンバーガーを振る舞った。
 作詞はしずく自身。活字を大量に読んでいる彼女にすればお手の物。
 衣装は演劇部から借りて、放課後は一人で練習。
 数日後、バイトが休みになった彼方が見に行くと、既にほとんど完成していた。

🐏「おおう。本物のアイドルがいる」
💧「まだまだ、これでは見せかけだけです。
 数多の女優志望者と渡り合うには、アイドルの魂を身に付けないと。
 今日はお時間大丈夫ですか?」
🐏「いけるよ~。彼方ちゃんの意見でよければ、とことん付き合ってあげる」
💧「はいっ、お願いします!」

 そうして徹底的なブラッシュアップを行い、ライブ当日。

👼「来たわね。桜坂しずくの力、どれほどのものか楽しみだわ」
🐰「一晩で軽く作った曲とはいえ、製造者の責任として聞き届けておくよ」
💧「今の私は、女優を夢見るワナビでしかありません。
 それでもランジュさん、あなたという高い壁を乗り越えてこそ、未来への道も開けるはずです!」
🐏「彼方ちゃんも精一杯応援するよ~」

 と、水色のペンライトを取り出して振り出す彼方。

🐏「せっかくだから二人も、日本のアイドル文化ってものを学んでいってよ。
 ラブリーしずく! ラブリーしずく!」
👼「きゃあっ! これがドルオタね!
 知識としては知ってたけど、実物は初めてよ」
🐰「ジャパニーズはこれでいいのかい。まあ、楽しいならいいけどさ」
👼「それにしても……やっぱりしずくも、舞台は観客と一緒に作るものって考えなわけ?」
💧「いえ。もちろん彼方さんの応援は嬉しいですが、それに甘えることはできません。
 私が目指す演劇の世界では、お客様は静かに観劇するもの。
 ましてや映画やTVドラマとなると、目の前に観客はいませんからね」
🐏「彼方ちゃんも好きだから応援してるだけ。
 しずくちゃんの魂をかけた表現に、影響を及ぼしたいとは思わないよ」
👼「ふふん。やっぱりしずくこそが、ランジュの敵として唯一相応しいようね。
 時間よ、ライブを始めるわ!」

 2話のときよりも多い観客を前に、ライブシーン開始。
 正統派に可愛いアイドルを極めたしずくの姿に、最初は余裕だったランジュの表情も、徐々に真剣になる。
 一方で当初はつまらなさそうだったミアは、ライブ終盤には沸き立っていた。

🐰「ヒュウ! パフォーマンスが高度とは言わないが、愛を向けられる魅力は相当のものだね。
 ボクがハリウッドのお偉いさんなら、多少は演技力が劣っても採用してしまいそうだ。
 ランジュ、キミとは正反対だね」
👼「分かってるわ。それでもランジュは負けはしないわ」
🐏(ランジュちゃん……?)

 全身全霊を使い果たしたしずくが、へろへろになって戻ってくる。
 入れ違いでステージに向かうランジュの厳しい顔にも気付かず、彼方に寄りかかった。

💧「……どうでしたか、彼方さん」
🐏「掛け持ちだなんて忘れるほど、純粋に素敵なアイドルだったよ。
 遥ちゃんに匹敵するくらい」
💧「それは彼方さんの、最高の褒め言葉ですね」
🐰「とはいえ、キミはランジュを本気にさせてしまったようだ。
 実力が足りなくても愛されるから勝つなんて、あいつには死んでも認められない筋書きだからね」
💧「え……」

 はっと顔を上げると、ステージ上のランジュが裂帛の気合いを発する。

👼「親愛も絆もいらない。それ以上の力でねじ伏せてやるわ。
 せいぜい畏怖して震え上がりなさい!」

 そこからのライブはまさに蹂躙。
 観客はもちろん、しずくと彼方も絶句するしかなく。
 終了後には、しずくより数段大きな拍手が巻き起こった。

💧「完敗です……」
🐏「ドンマイドンマイ」
🐰「ま、一年生にしては良くやったさ」
👼「ちょっと大人げなかった……とは言わないわよ。
 しずくのおかげで、ランジュも熱くなれたわ」
💧「はい、私も勉強になりました。
 この経験のおかげで、将来オーディションで負けても乗り越えられそうです」
👼「ちゃっかりしてるわねえ。
 でも結局ランジュは、こういう風にしか他人と関われないんだから、利害の一致よね。
 再戦するつもりはある?」
💧「いえ、もうすぐスクールアイドルフェスティバルなので、スケジュール的に厳しいですね。
 ひとまずは、同好会の一員に戻ります」
🐏「彼方ちゃんもね~」
👼「そう……元々そういうつもりだったものね。
 ランジュもまた一人きりの勝負に戻るわ。それじゃあね」
🐰(九人vs一人ではいまいち噛み合わないの、ランジュも分かってるんだろうなあ)


💧「はあ……。ああは言いましたけど、やっぱり負けるのは辛いです」
🐏「しずくちゃんのそういうところが眩しいよ。
 彼方ちゃんは誰にどう負けようが、のほほんとしてるタイプだからねえ」
💧「ふふ。私は彼方さんのマイペースさが眩しいですけどね。
 ……私も別に、積極的に一人で戦いたいわけではなく。
 やむにやまれずと言った方が正しいので」
🐏「オーディションなしで役がもらえるなら、そりゃその方がいいよね」
💧「はい。そんな甘い話が転がってるわけがないので、考えても仕方ないですけどね。
 ランジュさんもあの物言いは、そういう面があるのかなと少し思いました」
🐏「ランジュちゃんの方は、甘い話も十分あり得ると思うんだけどねえ。
 ま、そのへんはやる気のエマちゃんをサポートするのに徹するよ。
 とりあえず今回はお疲れさま~」
💧「色々とありがとうございました。
 私はランジュさんほど強くないので、たぶん一人ではやり遂げられませんでした。
 彼方さんは本当に、何でも気付いてくれますね」
🐏「あー……それなんだけどね」
💧「はい?」
🐏「彼方ちゃんは言われるほど鋭くなんかない。
 入部して早々の廃部騒動で、お姉ちゃんとして何もできなかったし。
 自分をさらけ出せないと悩んでた時も、何もしてあげられなかった。
 なのでスリーアウトだけは、さすがに避けたいと思っただけさ」
💧「と、いうことは……。
 気付いたというより、普段から気にかけて、機会を伺ってくれていたわけですね」
🐏「ううっ、改めて言われるとちょっとキモかったかも」
💧「くすくす。そんな事はないですよ、とても嬉しいです」
🐏「とにかく、いつも昼寝から起こしてもらってた恩は返したからね。
 はいこれでおしまーい。気ままな彼方ちゃんに戻りまーす」
💧「なんて言いながらも彼方さんはお姉さんですからね。
 多分これからも、色んな人が相談に来ると思いますよ」
🐏「そうかなあ。しずくちゃんも頼りにしてくれる?
 いつか押しも押されもせぬ大女優になっても。
 何かあったときは、彼方ちゃんを思い出してくれる?」
💧「彼方さんみたいな個性的な先輩は、そうそう忘れられません。
 限界までは、自分の力で何とかしますけど。
 何ともならなければ彼方さんが話を聞いてくれるって、その事実を支えに頑張りますね」

 二人は笑い合ってから、何食わぬ顔で同好会に戻っていく。
 間もなく訪れる、虹が始まる場所。
 二色はその中に混じり合い、そしていつかはまた独立していく。
 進む先で交わるかどうかは、誰にも分からない話。

 

#かなしず真ん中バースデー